わたしは、今、実家の近くにおうちを借りて、
息子と猫2匹と一緒に暮らしている。
両親(息子から見た祖父母)揃って、子どもが大大大好きで、
かつ、(たぶん)その世代の人にしては珍しく、
ばぁばが不在でも、じぃじだけで全てのお世話ができちゃうこともあり、
息子は、月の半分をじぃじばぁばの元で過ごしている。
そう、1人で!
しかも、泊まりで!
だから、祖父母が、孫に会いに我が家にやって来るんじゃなくて、
わたしが、息子に会いに実家まで行くという、
完全なる逆転現象が起きております、笑。
もし地元に戻っていなかったとしても、
きっとヘルパーさんやシッターさんを頼りにしながら、
それなりに上手くやっていたとは思う。
ただ、実際に子育てをしてみて感じたのは、祖父母の存在というのは、
ヘルパーさんやシッターさんと並列にして語れるものではないということ。
わたしがいなくても、わたしと同じ、いや、それ以上に、
全身全霊で息子を守ってくれる存在の心強さは、想像をはるかに超えていた。
これは、地元で親元で子育てしてみて、初めて知ったこと。
以前のわたしでは、とてもじゃないけど、想像できなかった。
実家に行く度に、おもちゃ買ってもらってる、笑。
だだんだん推しの龍馬くん!
最近は、だだんだんアイテムが急増中です!
だけど、(このブログでも何度も書いているけれど、)
こんな未来が見えていたから、地元に戻ってきたわけじゃないんです。
▶︎ ブログ『ルートばっか追いかけてるから、いつまでも不幸!というお話。』
▶︎ ブログ『不本意な出来事が外してくれた、色眼鏡の数々。』
▶︎ ブログ『「ここにいない、わたし」を生きないこと。』
当時は、正直抵抗しかなかった。
地元になんて、両親の近くになんて、帰ってきたくなかった。
でも、諦めさせたんです、抵抗する肉体の自分を!
「あんなちんけで、パッとしないど田舎に住むなんて無理!」
「視野の狭い人ばっかで、絶対つまんない!」
「古い常識に囚われている人となんて関わりたくない!」
「両親のそばになんていたら、ストレスでおかしくなる!」
「わたしは、海外でヘルパーさんを雇って、子育てするんだ!」
こんなうーーーるさい脳内の声を黙らせた!
ばいきんまんが吹っ飛ばされる瞬間…
衝撃的な瞬間を収めてしまった…
本当の自分(魂の自分)が、こっちに進もう!って道があるのに、
肉体の自分がしゃしゃり出て、暴走しまくって、
その道を阻もうとすることって、もうね、本当によくある。
そんな肉体の自分を諦めさせようとするときって、
めーーーっちゃ抵抗を感じるし、嫌で嫌で仕方ない。
だから、肉体の暴走に身を任せちゃうんだよね。
でも、身を任せるのは、そっちじゃない!
諦めさせるのは、いつだって肉体の方なんです!
諦めることが、ネガティブなこととして捉えられる風潮があるけれど、
ってか、わたしも、そんなふうに捉えていた一人なんだけど、
ポジティブか、ネガティブか、この「どっちか」で考えること、
それ自体が、真理とはズレているんだよね。
真理は、いつだって、「何だっていいよ」なんだから。
長くなってしまいそうなので、続きは、また今度。
もう少しだけ続きます。